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Tadaya Miyashita,
Art Review
Exhibitions
Artists
佐野えりか
SANO, Erika
世界の辺り
2006 タイプCプリント、ラムダプリント、鉛筆
サイズ可変 立体ギャラリー射手座
around
2006 タイプCプリント、アクリル絵具
サイズ可変
image scape
2006 タイプCプリント、額、アクリル絵具
サイズ可変 京都芸術センター 写真撮影/豊永 政史
 風景をひとつの固定した像として焼き付けるカラー写真という視覚メディアと、人間本来の揺れ動く視線や曖昧な記憶の中にある風景を表すモノトーンの描線の対比は、極めてシンプルでありながらも、人間の感覚や記憶の在りようについてまで考えさせるようで小気味良い。
 絵画は近代以降、写真技術との対比によって自身のメディアとしての独自性を確立させてきたという側面を多分に持っている。佐野もまた、写真と絵画的な要素を対比させ同時に融合させることで、自身の美術家としてのアイデンティティを紡ぎだそうと試みているように思える。とどまることなく急速に発展し続ける映像技術が人間の視覚をますます支配してゆく今という時代に、絵画という原始的なメディアはどのような存在意義を持ちえるのか?この問いは、佐野に限らず現代の平面作家が最初に直面する、そして最も乗り越えることの困難な命題のひとつであるだろう。
 
 佐野のフレームに対するアプローチもまた興味深い。キャンバスに描かれた、もしくは印画紙に焼き付けられた風景は、基本的には、あるひとつの視点から切り取られた風景である。キャンバスに収まりきれない、もしくはカメラのファインダーから外れてしまった景色が、そこに記録されることはない。そのような「こぼれ落ちてしまった」風景を、佐野は記憶を頼りに拾い上げようとする。2006年の『image scape』は、2枚のL版写真を素材に、佐野が筆を加えることで成立する作品である。まるで、2枚の写真からこぼれ落ちてしまった風景が、佐野の記憶をたよりに額の外にまで染み出して、お互いの記憶のへりと溶け合っているようだ。この、それぞれ額に収められ、ギャラリーの壁面に並べて掛けられている2枚の風景写真は、おそらく本来隣り合っている風景ではない。しかも、それぞれの写真の写角が微妙にずれている。であるにもかかわらず、同じ高さにある水平線によってあたかも連続しているかのように融合し、奇妙なバランスを保ちつつひとつのパノラマ的景観を創り上げているのである。異なる2つの視点が存在する一枚の風景画。この作品は、一点透視法のルールに矛盾するように巧妙にデザインされている。
イマジネーションの戯れ

 本来の場所から切り離され、一瞬の時間の中に押し込められることを拒むかのように、風景がL版写真という89mm×127mmの小さな器からあふれ出す。この『世界の辺り』と題された作品において、作者である佐野えりかの想像力はギャラリーの真っ白な壁に這う鉛筆の描線として、静かに、だが確実に現実を侵食してゆく。
 ではなぜ、佐野はこのような風景を好んで用いるのだろうか。私は、第一に、没個性的な日本の風景であること、つまり「場所の無名性」が、写真と絵画的要素の対比/融合構造にとって重要であるからだと考える。風景は、この無名性ゆえに、作家の想像力の侵入を容認するのである。これがもし、誰もが知る有名な景観であったならば、作品は別の意味を、「間違い探し」的な娯楽性や、現代的な景観への批判的意味合いを帯びることになるだろう。
 第二に、私は、素材となる写真の多くが、遠近感を強調するような構図で撮影されているという点に注目する。この構図は、私たちに、画面の中心から外へと向かう空間的な拡がりを感じさせる。写真の外へと続く空間を意識させることで、写真と繋がるように絵を描き加えることの違和感を解消しているのである。そして、佐野のイマジネーションは、風景の正確な再現という写真の引力から遠く離れるほどに、自由に戯れだす。また、矛盾なく成立する一点透視構造は、一眼レンズに映し出される映像の特質である。この単眼的映像と、描くという行為をひとつの画面に構成することで、作品の中で、写真と人間の複眼的なまなざし、イマジネーションという3つの要素が交差するのである。
 ここで紹介したこれらの作品は、写真から紡ぎだされ、描くという身体運動によって積み重ねられた佐野の思考の記録でもある。そして、フレームからあふれ出し、写真とは異なるオルタナティヴな風景を展開しようとする一連の試みは、今後の佐野の美術家としての飛躍を期待させる。

                            ■Tadaya Miyashita, Art Review, 2007/9/10

 写真と絵画的要素を対比/融合させる佐野の作品について考察する際、まず注目すべきなのが、作品の素材となっている風景写真である。2006年の作品『Around』に引用されている風景写真は、佐野が好んで用いる風景のイメージの典型的な例といえる。その特徴は、画面の中心に青空と地表とを分割する水平線が走り、また手前から奥に向かって一筋の道が伸びていることだ。道路は奥へ行くほどに細くなり、ちょうど水平線と交差するあたりで消えてなくなる。また、特定の場所を示すような記号がほとんどなく、故にどこかで見たことのあるような、しかしどこでもないようなある種の懐かしさを感じさせる没個性的な日本の風景である。
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