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Tadaya Miyashita,
Art Review

Exhibitions
Artists
■中屋敷智生 個展 『ANTENNA』
NAKAYASHIKI, Tomonari / Solo Exhibition, "ANTENNA"
中屋敷智生 『ANTENNA』展に寄せて

 正面から見た花の姿こそが、花を鑑賞するほとんどの人にとって最も重要である。しかし、ここに展示されているのは、背後から見た花の絵ばかり。われわれは、普段見慣れない花の後ろ姿に新鮮さを覚えながらも、なぜこのような絵が描かれているのか?という疑問を抱くことになる。

 作者の中屋敷智生は、大阪府茨木市出身で、現在、京都市左京区にアトリエを構え、関西圏を中心に活躍する若手アーティストである。そして、ここに出品されている作品群は、彼本来の独特な雰囲気を漂わせた、現在までの代表作とも呼べるものばかりだ。
ANTENNA-Eustoma grandiflorum
acrylic on canvas, 910×728mm, 2006
ANTENNA-Rudbeckia
acrylic on canvas, 1625×1303mm, 2006

 中屋敷は、今回出品される自身の作品について、次のように語る。

 「その裏側からしか見えない花の絵に、鑑賞者はジレンマを感じ、意味を読み解こうとするかもしれません。しかしこの作品は、絵の内側にどのような意味があるのかを問題にしているわけではありません。絵の空間にかかわるわれわれの体験、記憶を問題にしています。」

 絵の内側にある意味ではなく、絵の空間にかかわるわれわれの体験、記憶を問題にするとはどういうことなのか。
 これまで画家は、その長い絵画の歴史において、視覚を介してさまざまな物語や感情、身体感覚を表現しようと試みてきた。それゆえに、絵画を観て音を聴くこともあれば、匂いを感じることもある。しかし、中屋敷の描く花の絵は、まるでプラスティックの造花のように、われわれに香りを感じさせることがない。物語性もまた希薄で、絵の内側にこれといった意味を見出すことができない。
 しかしながら、それらの要素は、中屋敷の作品にとってあまり重要ではないように思える。彼が追求しているのは、視覚以外の要素を極限まで排除した「純粋に視覚的な具象絵画」であって、そこには匂いも読み解くべき物語も必要ない。では、視覚を他の五感や身体性、物語から切り離すことに、とのような目的があるのだろう。絵の内側の意味の空白の意味とは一体?

 ここで重要なのが、中屋敷の言う「絵の空間にかかわるわれわれの体験と記憶」である。つまり、彼の目的は、観客を絵の中の世界へと引き込むことではなく、絵を介して観る者の内なる世界と繋がることにある。彼の絵画に空いた意味の不在という穴は、作家と観客を繋ぐ窓として機能する。
 中屋敷の願いは、その空白が観る者ひとりひとりの記憶で満たされることだ。視覚以外の感覚を遮蔽させることによって、内なる記憶を呼び覚まそうとしているのである。だから、みなさんも、ここに展示された一連の絵画を依り代として、自身のこころの奥底に沈んだ何らかの記憶を呼び覚まして欲しい。そして、絵画空間の中を、このギャラリーの中を、その記憶で満たして欲しい。そのために、花は永遠に色褪せることない後ろ姿を見せ続けているのである。

                            ■Tadaya Miyashita, Art Review, 2007/6/30
ANTENNA-Anemone coronaria
acrylic on canvas, 606×500mm, 2006

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